1-2定式化されたゲームにおける戦略

 この項では、ゲームにおける戦略について考えたいと思うが、その前に今一度ゲームの基本的な考え方を整理しておこう。
 このゲームは人間社会と自然環境のいわばミニチュアであり、ルールは科学法則や社会制度を表現したものである。現実世界において、人間は科学法則に抗えない。また、現実世界において社会制度を変えることは原理的に可能だが、貨幣制度や法の支配などのあまりにも基本的な社会制度は、ゲームにおいて変えることができないものとして表現している。  たとえば「循環不良」というルールがあるが、これは現実世界において、人間が一定期間内に自然界に廃棄できる物量に限界があり、それを超えることで災害や公害といった被害が生じることを表現している。プレイヤーは緑牌(有機物)による役(産物)を消費し、場(自然界)に捨てることで得点できる(欲求を満たす)のだが、得点を追い求めるあまり、場の限界値を超えて緑牌を捨ててしまうと、「外界の生産機能の低下」という被害に遭うことになる。
 このゲームでは、「山牌」と、カードを捨てる「場」、そして「ディーラー」の三つで自然界を表現している。山牌への牌の補充や「場」の限界値の設定といったディーラーの役割にも、自然を模したルールが適用されている。たとえば再生可能緑牌と再生可能緑役の定期的な補充は、自然が自らの力で再生することを表現しているが、現実世界に豊作・不作の波があるように、ディーラーによる補充量はターンごとに異なる。
 今挙げたもの以外にも、このゲームには物理学をはじめとする様々な科学法則に則ったルールが存在する。たとえば、「(生産するために使った役の結合数)>(生産された役の結合数)」というルールや、完成した役の「賞味期限」は、熱力学第二法則を表現している。
 プレイヤーは、これらのことを念頭に戦略を立てる必要がある。

 1-2-1飢餓と戦争に対する戦略

 このゲームの目的をもう一度書いておくと、以下の①②を両立させることである。
①「飢餓終了」に陥らないこと。
②次のA、Bのうちから一つを選択。
A:少ないターンの間に、自分がもつ得点をできるだけ大きくすること。
B:自分の需要を満たすこと。
 これらの目的に加えて戦争に負けるとゲームオーバーとなることも考慮すると、プレイヤーはまず飢餓終了と戦争敗北を避けるような戦略を取るだろう。  飢餓終了を避けるためにプレイヤーは、手持ちの「ブレッド」が尽きないように注意を払いながらプレーするだろう。
 戦争に負けないようにするためにプレイヤーは、手持ちの「武器」を増やすような戦略を取るか、もしくは他プレイヤーとの契約により「不戦協定」を結ぶような戦略を取るだろう。基本的にこのゲームは「武器」を多く生産するためには多くの物的資本やカードを持っている方が有利である。
 1-2で、Aを選択したプレイヤーを「拡大志向プレイヤー」、Bを選択したプレイヤーを「定常志向プレイヤー」と呼ぶことにしたが、ゲームスタートからしばらくは、両者とも似たような行動をとるだろう。つまり、両者とも飢餓終了と戦争敗北を避けることを第一にしながら、自身の需要を満たそうとするはずである。だがある程度ゲームが進むと、両者の戦略が大きく異なってくる。
 まず問題になるのは「創造カード」の存在である。プレイヤーは、このカードを持つことで新たな役を生産できるようになる。新たな役ができるということは、新たな需要が生じるということである。  新たな需要を満たすことで、さらに得点が増やせることから、「拡大志向プレイヤー」は積極的にこのカードを得ようとするだろう。このことは現実世界において、とにかく新商品を開発して消費者の需要を喚起し、またその需要を満たすべく成長戦略を取る企業などが存在している状況を表現している。
一方、一定の需要が満たされている現状が維持出来ればよい「定常志向プレイヤー」は、新たな需要の発生を望まない以上、できるだけ創造カードを得ずにすむような行動をとるだろう。ところが、「武器」の生産のためには多くのカードを持っている方が有利となるため、定常志向プレイヤーは戦争敗北を避けるためにカードを手に入れようとするだろう。つまり、戦争敗北のリスクがある場合、定常志向プレイヤーはある程度の拡大を志向せざるを得ないということである。拡大を志向するとBの目的達成から外れる可能性が高いので、定常志向プレイヤーはなんとかして不戦協定を結ぼうとするだろう。  

 1-2-2 倫理目的と再分配

 プレイヤーたちは倫理目的をどのようなものにするだろうか。倫理目的を定めるには4人の合意が必要なので、ゲーム開始時にプレイヤーはゲームの在り方について話し合うであろう。  世間一般に売られているゲームでは、ゲームで設定されている目的を達成するために必要な要素として、プレイヤーの経験や知識、駆け引きのうまさ、運などが求められるが、ゲームのスタートの時点から挽回不可能なハンディキャップ(格差)がプレイヤー間にあるようなゲームはあまり見られない。その様なゲームは初めから勝者が決まっているようなもので、やる前から結果が分かっていて面白くないからであろう。  一方でミクロゲームではそのような大きな格差が存在する状態からゲームが開始される可能性がある。そのような中で、どのようなプレイヤーもある程度は認めるであろう倫理目的が2つある。一つ目は公平なゲームにすること。もう一つは努力が報われるゲームにすることである。  公平性といっても、機会の公平性と結果の公平性が存在する。機会の公平性を保つために各プレイヤーの初期状態を完全に同じにしたいのだが、山牌を移動させることはできないため完全には不可能である。また、ディーラーの動き方も偶然に左右されるので完全な機会の公平性を保つことはやはり難しい。そこで、富んだプレイヤーから貧しいプレイヤーへと何か譲渡して公平性を保ってはどうか、という倫理目的案がプレイヤー間に浮上するであろう。つまり、結果の公平性を保つために「再分配」を行ってはどうか、と考えるプレイヤーが現れることもあるであろう。逆に、ゲームのスタート前では自分の運も実力のうち、と考えるプレイヤーが多い場合は、再分配は一切止めようという倫理目的が設定されるであろう。
再分配を行う場合は、どのプレイヤーからどのプレイヤーへ、何を、どれだけ、どのタイミングで渡すのかを決めなくてはならない。ここで再分配について一般的に言えることをまとめておくことにしよう。
 このゲームは一般的に、プレーを進めていくうちにカードや物的資本などがたまっていき、1ターンあたりの平均入手得点は大きくなる。つまり、「成長」する。そして、成長は成長を呼ぶ。他プレイヤーとの交換がうまくいかなくなったり、山が枯渇したりすると、逆成長を起こすこともあるが、基本的には成長が成長を呼ぶので、プレイヤー間の格差は広がっていく。つまり、勝ち組は勝ち組のままで負け組みは負け組みのままとなる。 再分配量を大きくすればするほど、公平性は大きくなるが、努力が報われなくなり、いいプレーをしようというインセンティブは一般的に下がる。再分配量を小さくすれば小さくするほど、いいプレーをしようというインセンティブは一般的に上がるが、公平性は小さくなる。 プレイヤーの得点表の値は他プレイヤーが覗き見ることは禁じられている。そのため他プレイヤーの得点表の値は、交換行動の際にある役に対して最大でいくらまでチップを支払う気持ちがあるのか(「willingness to pay」)を通じて間接的に知ることしかできない。そこで、「willingness to pay」を通じて予測したあるプレイヤーの1ターンあたりの得点をそのターンの「効用」と呼ぶことにしよう。定義から、「効用」の単位とチップの枚数の単位は同じであり、共に「枚」である。 また、あるターンの4人の効用の総和をそのターンの「効用総和」と呼ぶことにしよう。これらの値は「willingness to pay」を通じてしか知ることができない値であるので、各プレイヤーは正確な値はなかなか求めることができない。
再分配は効用総和の増大をもたらす。 なぜなら、交換行動は通常お互いの得点を大きくする結果をもたらすからである(損失が出るようであれば交換行動は行わない)。  例えばプレイヤー1がある時「イス」の役を持っており、その得点が20であったとして、プレイヤー2がその「イス」を貰った場合その得点が30であるならば、テーブル全体の効用総和は増大する。もしこのように再分配するのであれば、幾分かプレイヤー1はやる気を失うだろう。そしてプレイヤー1は次の数ターンはどうせまた頑張っても、再分配しないといけないのだからあまり頑張らないでおこう、と思うかもしれない。その効果も考えると、次のターンは効用総和は逆に減少してしまうかもしれない。つまり、あまりにプレイヤーの平等化を推し進めると、プレイヤーはインセンティブを失い、結果的に未来の効用総和は下がる。プレイヤーが倫理目的を決める際にはこのトレードオフを最適化することが議題となるであろう。インセンティブはプレイヤーの心理状態に影響されるものであり、一概に数値化されるものではないので、この議題は非常に難しいものとなることが予想される。
役には通常何枚のチップと交換されているのか、という「相場」が存在している。 プレイヤーの数が多ければ多いほど相場の値は安定する。 あるターンに生産、もしくは採掘された全ての役を相場の値に換算し、4人で合算した値をそのターンの「GDP」と呼ぶことにする。一般的にGDPが大きくなると、効用総和も大きくなる傾向が強い。また、GDPが大きくなると循環不良が大きくなる傾向が強い。しかし効用総和が大きいからといって循環不良が大きくなるという傾向は無い。
 上記のようにテーブルで再分配を行うと、再分配を行ったターンでの効用総和は再分配を行わない場合よりも大きくなる。ただし、インセンティブは下がるので再分配を行わないと分かっている時よりもGDPは減るだろう。再分配についてここまでの話をまとめると、
・再分配によって増加するのは、現在の効用総和であり、現在のGDPは不変である。
・再分配量を大きくすると、インセンティブは下がり、未来のGDPは下がり、未来の効用総和が下がる傾向が強い。

 次に何を再分配するべきなのかについて考えることにしよう。「ブレッド」、牌、カード、材料としての役、物的資本としての役、得点源としての役、チップ何が良いだろうか。基本的に勝ち組から負け組へと再分配がなされるのだが、「長期的な視点から価値があるもの」と、「短期的な視点から価値があるもの」に分かれるだろう。例えば、カードは再分配された瞬間にすぐに嬉しいというものではなく、カードによってある役の生産が可能となり、それによって得点も大きくなる、というように長期的な視点から価値がある再分配物である。それに対して、「ブレッド」はもらってすぐに役に立つものであるが、その場しのぎにしかならないこともある短期的な視点から価値がある再分配物である。再分配可能なものを、短期的なものから長期的なものへ順にならべると、
 得点源としての役→「ブレッド」→牌、材料としての役→物的資本としての役→カード  であろう。チップは短期的とも長期的とも考えられる。
ここで、3つのより具体的な倫理目的の例を挙げ、それぞれの倫理目的の下でプレイヤーが定めるであろう再分配に関する法律を考えることにする。同じ倫理目的であっても、それに沿った法律は何通りも考えることができるので、ここではおおまかな法律のみを挙げるにとどめる。
 ①効用総和が最大となることを目指す倫理目的。
 ②最も効用の低いプレイヤーの効用が最大となることを目指す倫理目的。
 ③完全な機会の平等を目指す倫理目的。
 以上のうち、①を「utilitarianism」、②を「liberalism」、③を「libertarianism」と呼ぶことにする。ただし現実世界において同名で呼ばれる主義や思想を表すものではない。  それぞれの倫理目的に沿った「法律」は、いかなるものになるであろうか。

①「utilitarianism」
前述の通り、再分配は現在の効用総和を大きくし、未来の効用総和を下げる傾向が強い。ここでプレイヤーが現在の効用総和と未来の効用総和を同等の価値とみなすのであれば、 (プレイヤー1がやる気を失うことによって将来社会から失われるであろう効用)=(プレイヤー1からプレイヤー2へ再分配することによって増加する効用の値、つまり、再分配物に対するプレイヤー2の効用-プレイヤー1の効用)となるところまで再分配するように法律で決めることが考えられる。ただし、インセンティブや効用総和は推測の域を出ないので厳密に法律化することは難しいであろう。  また、どのタイミングでどのプレイヤーからどのプレイヤーへ再分配を行うべきだろうか。例えば、前の100ターンと比較して今回の100ターンは効用が50%以上減っているプレイヤーへ再分配を行う、などと法律で決めることが考えられる。負け組が努力しても報われていない状況なら再分配量を増やすべきだろうし、負け組が怠けているようなら再分配量を減らすべきであろう。再分配物については、勝ち組が怠けているようなら再分配物は長期的なものにすべきだろうし、勝ち組が努力しても報われていない状況なら、再分配物は短期的なものにすべきであると考えることもあろう。例えば以上のようにプレイヤーは法律を定めていく。ミクロゲームにおいては定めた法律が、「utilitarianism」を達成するのに良かったかどうかを判別することはできない。(マクロゲームではテーブルが増えるので、隣のテーブルと比較することで法律の成否を窺うことが可能となる。)プレイヤーは法律の成否は判別できないが、あくまで倫理目的の達成をめざして法律を定めるのである。

②「liberalism」
①とほぼ同じであるが、一番の負け組の効用を大きくすることを目指して法律を定めていく。

③「libertarianism」
 前述の通り、4人の山牌を完全に同じ状態にするのはゲームのルール上、不可能である。そこで例えば、山牌の状態が良くないと思われるプレイヤーには少し多めに牌、チップを配分した状態からゲームをスタートさせるように法律で定めることが考えられる。その代わり、あるプレイヤーが下手な戦略を取って効用が非常に小さくなったとしても、それは自己責任ということで、再分配を行ったりすることはない、ということである。ゲームのスタート時において平等に配分してしまえば、その後永久に再配分は行わない、とするのか、例えば100ターン後にもう一度再配分するのか等については、法律で定めておくべきことである。  この倫理目的のメリットは再分配を最小化することでインセンティブを最大化できることである。しかしデメリットとして、あるプレイヤーがうまくいかなくいかなくなってしまったときには負け組から抜け出せなくなるリスクがある。

 これら①②③などの倫理目的に合意することは、一種の社会保険に入ることである、と考えることもできる。例えば現実世界において自宅に火災保険をかける場合、人は火災が起こるリスクを嫌うために火災保険に入る。このように、ゲーム上では「法律」や「契約」を通じて、プレイヤーは何かしらのリスク回避や分散ができるわけである。 プレイヤーはゲーム開始時に「utilitarianism」, 「liberalism」,「libertarianism」などの社会保険の中から1つに入ることを検討する。もちろん保険に入らないという選択肢も存在するが、それは勝ち組と負け組の「格差」が固定してしまう可能性が非常に高い。

 1-2-3 循環不良と環境問題

 循環不良についての戦略を考察しよう。例えば、プレイヤーAが外界の分解機能を超えてある緑牌を場に捨てた場合、循環不良が発生し、全プレイヤーの山牌の中に補充されるべき緑牌もしくは緑役が失われ、得点に換算して1人あたりおよそ5点分の損失が出たとする。全体では20点の損失である。  現実世界における我々の普通の感覚で考えるならば、この場合の責任はAにあるのだから、彼が他プレイヤーに5点分ずつのチップ等で損失を補償することが適当であろう。(もちろんどのように補償すべきかはゲームの開始時に、プレイヤーが法律によって定めておくべきことであろう。)  このように、循環不良の原因となったプレイヤーとその損失額が明らかな場合は、解決の方向性は分かりやすい。  ところが困ったことに、ゲーム中プレイヤーは山牌の中身が全て見えているわけでは無いので今現在、循環不良が起こっているのかどうかを直接判断することはできない。つまりプレイヤーは、循環不良が起きていることを直接認識できないし、その原因が誰であるか(自分も含めて)分からない。そのため、ゲーム開始時に循環不良の保障について法律を定めることが、非常に難しい。  ゲームを進めるなかで、プレイヤーは感覚的もしくは経験的に循環不良の法則を見つけるかもしれない。また、カードの中には科学法則が書かれているものもあるので、研究・教育行動の結果、循環不良の法則を知る場合もある。  前述の通りカードに書かれてあることは科学的法則などを表現している。現実世界において科学法則を真とみなすか否かの判断は、究極的にはやはり人間が行うものであり、何を科学とするのかについては一種の契約であると考えることもできる。ここではゲームを簡略化するため、カードに書かれてある内容は必ず真であることをプレイヤーが知っていることにしよう。  ちなみにカードの中には、自分が他プレイヤーに悪影響を及ぼしている原因であることを知らせるものもある。その真実を素直に他プレイヤーに告げると、他プレイヤーから損害補償を要求されるかもしれないので、自分はその不都合な真実を隠蔽し、自分を利することも可能である。
 循環不良に対してプレイヤーが定めるであろう法律の一例を挙げておくことにする。  例えば、カードに書かれてある事実により、「10ターン中に4人のプレイヤーが場に捨てたC牌(緑牌の一種)量の合計が、1000個以内であれば循環不良は起こらない。」と4人が認識したことにしよう。これを、10ターン中のC牌の「循環可能な排出量」は1000個である、と呼ぶことにしよう。  この時プレイヤーは、循環可能な排出量を超えてしまうと損害が出るのだからそんな危険なことは一切やめてしまいましょう、という倫理目的を定めることも考えられるだろう。その倫理目的に従って、循環可能な排出量であるC牌1000個を4人に割り当て、1人当たり250個までは廃棄してよい、などという法律を定めることもあり得る。  もちろん全く法律を定めずにやっていきましょうという合意に至ることも考えられる。
ここで、「循環不良」は「環境問題」と「暴力」の2種類に分類する。
 ある牌の循環可能な排出量が完全に判明している場合、加害者と被害者がはっきりと分かるので、その状況において循環不良を引き起こそうとするプレーは一種の「暴力」と呼べるであろう。つまりこれは現実世界においてある人が怪我するのを分かっていて殴りかかることと大差ない。この状況では公平性という観点から見て、循環不良を引き起こした加害者が、被害者に対してその被害に応じた補償を行うべきだろう。つまり、あるプレイヤーの行為が他のプレイヤーに危害を加えていることが、カードの内容から裏付けて明らかである場合、その状況を「暴力」と呼ぶ。(「戦争」も「暴力」の一種である。)そして循環不良がどうも起こっているようなのだが、どうも因果関係がはっきりしない、という状況を「環境問題」と呼ぶことにしよう。 ここで「環境問題」が起こったときにプレイヤー同士で交わされる会話を想像してみよう。「最近どうも役の採掘量が減ってきた。どうも循環不良が起こっているようである。そこで原因を考えたのだが、お前が手元に保持しているAという使用済み黒役が原因ではないか。」「勝手なことを言わないで欲しい。お前が手元に保持しているBという使用済み黒役こそが循環不良の原因ではないか。」このように「環境問題」を解決するのは非常に難しい。これについては後にもう一度考察する。 「暴力」が起こっても何も補償しない、とする法律もあり得なくはない。人間は「暴力」を容認した倫理目的に合意してゲームを始めるほど野蛮ではないと信じたいのだが。
 少しゲームから話がそれるが、現実世界の地球温暖化について考えてみたい。地球温暖化の原因が二酸化炭素などの温室効果ガスにあるのか否かは現段階では完全に決着がついているとは言えない。そしてこれを決定するのは最終的には自然科学であり、経済学ではない。もしも地球温暖化の原因が二酸化炭素などにあるのであれば、これは一定期間の間に地球が固定可能な量を超えて、人間が二酸化炭素を排出している、ということを意味している。そしてこの状況は循環不良で表現することが可能である。  地球温暖化の問題は、多くの解決困難な問題を孕んでいるが、以下の2つの問題が特に大きな問題であると筆者は考える。
 ①地球温暖化の原因が二酸化炭素であるのかどうかを決定する問題
一旦、原因が二酸化炭素であるという認識に至ったのであれば、ゲーム上で「暴力」として表現され対策も考えやすいが、原因が不明であれば対策が難しい。
 ②地球温暖化により人間が被害を被る場合、その被害はお金に換算して幾ら程度であるのかを決定する問題
この金額が推定できれば、地球温暖化の循環不良の減点量をいくらに表現するかが決まる。しかしよく指摘されてきているように、地球温暖化の被害を推定することは非常に難しい。どれだけの二酸化炭素を大気中に放出すると、どの場所の気温が幾ら上昇し、海面が何メートル上昇する、という科学的な正確な情報が得られたとしても、そのことによる被害総額を算出することは非常に難しい。また生態系が崩れてしまうことで、被害総額はお金に換算できないという結論もあり得る。  上記2点の問題が解決されたとき、地球温暖化による加害者と被害者と被害総額が明らかとなり、初めて補償が可能となる。

 1-2-4 リサイクル

 前述の通り、プレイヤーが黒牌を含む役を消費すると手元には使用済み黒役が残り、それを分解するか否かはプレイヤーの戦略次第である。分解して黒牌を取り出し、次の役の生産材料に利用する戦略を「リサイクル」と呼ぶことにしよう。この節では、「車」という得点源としての役(高得点を得られるので皆が生産したがるのだが、大量の材料が必要な役)を例にとって、「リサイクル」の是非について論じることにしよう。 論点は、プレイヤーが「車」の消費後に使用済み黒役を分解すべきか否か、である。
 「車」の生産や分解には、「車生産工場」や「車分解工場」といった物的資本が事実上不可欠である。ルール上はそれらの物的資本無しでいきなり生産したり分解することも可能だが、その場合膨大な量の「ブレッド」とターン数が必要なので、現実的ではない。だが「車生産工場」や「車分解工場」の生産にも、相応のコストがかかる。  「車生産工場」を保持している場合、「車」はFe牌×30、「オイル」(再生不可能緑役の一種)×30、「毛皮」(再生可能緑役の一種)×10、「ブレッド」×5を材料として生産される。この時結合される牌は「ブレッド」除いて30 + 30 + 10=70個であるので、結合数は70-1 = 69であり、69箇所を結合させなければならない。 「車生産工場」はFe牌×20、「オイル」×20、「木材」(再生可能緑役の一種)×10、「ブレッド」×4を材料として生産される。「車生産工場」は物的資本としての役なので消費しても得点は入らないが、賞味期限の20ターンの間は「車」を生産することに効果を発揮してくれる。本当は「車生産工場」の効果を生かして、「車生産工場」の賞味期限が来るまでに「車」を何個も生産するのだが、ここでは話を簡潔にするため、「車生産工場」から「車」は1個生産されると仮定して話を進める。「オイル」1個あたり結合数を10個持っているので、「車生産工場」の材料の「オイル」×20には結合数が200個存在する。よって「車」を生産する際に牌の69箇所を結合するには十分な結合数であり、「(生産するために使った役の結合数)>(生産された役の結合数)」のルールは満たされている。  また、「車分解工場」はFe牌×15、「オイル」×15、「木材」×10、「ブレッド」×3を材料として生産される。「車分解工場」は物的資本としての役なので消費しても得点は入らないが、賞味期限の30ターンの間は「車」を分解することに効果を発揮してくれる。ここでも話を簡潔にするため、「車分解工場」により「車」は1個を分解されると仮定する。
 このとき、プレイヤーは「車」をリサイクルすべきと考えるであろうか。リサイクルする場合はしない場合と比較して、「車」の材料のFe牌×30を回収できる反面、「車分解工場」の生産にFe牌×15、「オイル」×15、「木材」×10、「ブレッド」×3が必要となる。つまり、差を取って考えるとプレイヤーは「車」のリサイクルをすることで「オイル」×15、「木材」×10、「ブレッド」×3を失う代わりにFe牌×15を得る。 リサイクルが有利か不利かはプレイヤーのおかれた状況によるであろう。
 例えばFe牌×15が必要になった時、調達する手段としては以下の3つが考えられる。

  ①Fe牌×15を山牌から採掘する
  ②Fe牌×15を他プレイヤーとの交換で得る
  ③Fe牌×15を「車」のリサイクルで得る
 プレイヤーは①~③の手段の中で一番簡単な手段をとるであろう。つまりFe牌×15を手に入れるのに必要な役や牌やチップが、ゲーム上一番希少価値の低い手段を選ぶであろう。 例えば「オイル」×1と「ブレッド」×1ではどちらがゲーム上価値があるか、という問題はプレイヤーの状況次第である。通常、その価値の基準となる財(numeraire )はチップである。あるプレイヤーが「オイル」×1はチップ×3と等価、「ブレッド」×1はチップ×2と等価、と判断した場合、「オイル」×1は「ブレッド」×1の1.5倍の価値があると判断していることになる。  つまり、①~③の手段の中でFe牌×15を手に入れるのに必要なものを全てチップに換算したときに、一番チップが少なくて済む戦略をプレイヤーは取るであろう。「ブレッド」を場に捨てることは、単純に手持ちの「ブレッド」数が減るというだけでなく、限られた1ターン中の行動をそれに割いてしまい、他の行動を取る機会を失うことも意味する。プレイヤーはその有利不利まで考えて、価値の基準を決めて戦略を決定するであろう。 以上がリサイクルの是非についての話である。


(補)
現実世界においては、リサイクルと並んで省エネに対する意識が高まっている。そこで本ゲームにおいて、「車」の消費に関連するエネルギー量を定義しておくことにしよう。車を走らせるのに必要なガソリンなどのエネルギー量は「車」の材料の「オイル」×30の結合数で表現されている。では車の生産時に必要な電力量はというと、「車生産工場」の材料の「オイル」×20の結合数で表現されている。注意して欲しいのが、車の生産時に必要なエネルギーは「車」の材料でなく、「車生産工場」の材料として計上するように表現しているということである。そして車生産工場の生産時に必要なエネルギーは、「重機」(「車生産工場」生産時に必要な物的資本)などの材料として計上するように表現している。そして更にその重機を作るのに必要なエネルギーは「重機生産工場」の材料として計上・・・・・と繰り返される。  車の分解時に必要なエネルギー量は「車分解工場」の材料である「オイル」×15の結合数で表現されている。これについても「車生産工場」と同様に、車分解工場の建設時に必要なエネルギーは「オイル」×15に計上されていないことに注意が必要である。  「車」の消費に伴う「オイル」の個数を考える際本当は、「車生産工場」や「車分解工場」に賞味期限が来た時にそれらを分解するのに必要な「オイル」も考えて、更にその分解に必要な物的資本の生産と分解に必要な「オイル」も計上して、そのまた・・・・・と永久に計算は続くのだが、さしあたっては「車」を消費するために必要な「オイル」の個数は
 (1)「車」をリサイクルする場合
「車」、「車生産工場」、「車分解工場」までを計算することにする。上記の「車」の例で言うと、消費するために必要な「オイル」は30 + 20 + 15 = 65個の「オイル」である。
 (2)「車」をリサイクルしない場合
「車」、「車生産工場」までを計算することにする。上記の「車」の例で言うと、消費するために必要な「オイル」は30 + 20 = 50個の「オイル」である。
従って、「オイル」65-50 = 15個の希少価値がFe牌×15に比べて高い状況においてはプレイヤーはリサイクルをしないであろう。

 1-2-5笛に対する戦略

 このゲームはまだ完全に定式化できてはいない。例えば各種行動を取る際に「ブレッド」の必要個数の数は完全には決めていないし、どのような牌が存在しているのかすら決めていない。読者の中には、いつまでこの曖昧なゲームの解説が続くのであろうか、と思われている方もいるかもしれない。 しかし筆者の目論見としてはゲームを細かく定式化することにあるのではない。
 この現実世界を細部まで表現しようと考え、ゲームの定式化を細かくすればするほど、ゲームの戦略は複雑難解となる。そこで筆者はあえてゲームを少し曖昧に定義し、その曖昧なゲームにおいてでも確実に引き出せる戦略を考察しているのである。例えば、1-2-1にてプレイヤーは戦争に負けないように色々な戦略を取ることを述べたが、その戦略は緑牌が全部で何種類あろうと関係ない。同様に、チップの枚数が全部で何枚であろうと、カードが全部で何枚であろうと、格差がどれだけある状態であろうと1-2-1で述べた内容は確実である、と筆者は考えている。  プレイヤーの戦略は実世界において人間の取るべき行動に一つの指針を与えてくれるであろう。そのとき、ようやく現実世界をゲームへと表現することの恩恵が得られるのである。つまり著者の目論見は、現実世界のうち、自然環境と人間社会を一旦ゲームへと表現し、表現されたゲームの進行から再び実世界へと指針を読み取ることである。そのために最小限度の、絶対に外せない自然科学法則、社会制度をゲームに盛り込んだつもりである。
 それではプレイヤーの笛に対する戦略を考えよう。
 拡大志向プレイヤーにしろ定常志向プレイヤーにしろ、飢餓終了を避けるため「ブレッド」の手持ちストックを確保するであろう。「ブレッド」が不足する心配がなくなってきたらようやく得点源としての役をつくるのがいいだろう。長期的に考えると、物的資本やカードを手にした方が有利となる。物的資本やカードを多く保持するようになると、山牌からどんどん牌を取って、どんどん生産し、他プレイヤーと交換し、「成長」していく。ゲームの目的が前述のものである以上、需要が満たされるまでの間、全てのプレイヤーは多かれ少なかれこのような展開になるであろう。  しかしディーラーが笛を吹いたら状況は一変する。前述のように笛を吹いたら再生不可能緑役や黒牌はもうすぐ山牌の中から無くなる。山牌から再生不可能緑役が無くなれば、行動1:緑牌採掘行動 の結果、山牌から取ってくることができるのは緑牌、再生可能緑役に限られる。その後、再生不可能緑役は全て消費され、そのうちプレイヤーの手元から無くなるであろう。  山牌から完全に黒牌が無くなれば、行動2:黒牌採掘行動は取れなくなる。その結果、全プレイヤーの手持ち黒牌の合計数はその後永久に変化しない。例えばそれぞれのプレイヤーの手持ちFe牌の数は交換行動によって変化することがあっても、4人のFe牌の数の和は一定という事である。そうするとプレイヤーが黒牌の数を増やしたければ、交換行動を使って他のプレイヤーから取って来る以外方法は無い。黒牌は役を作るために重要な地位を占めるので、笛が鳴ると、各プレイヤーは黒牌を簡単には手放さないようになるであろう。  また、前節で「車」をリサイクルすべきか否かの選択について考えた際、Fe牌×15の調達手段として
  ①Fe牌を山牌からとってくる
  ②Fe牌を交換で得る
  ③Fe牌を「車」のリサイクルで得る
 の3つの手段を考えたのだが、笛が鳴って山牌が枯渇すると①の手段はなくなるので、②又は③の手段に限られる。③の手段でFe牌×15を調達するには前述の「オイル」×15、「木材」×10、「ブレッド」×3が必要となるのだが「オイル」が枯渇している場合、「電池」などの役で結合数を代替しなくてはならない。
 以上のように、笛がなるとプレイヤーは戦略を変えなくてはならない部分が発生する。

 1-2-6 価値について

 現実世界においてはこれまで、労働価値説や効用価値説(主観価値説)など様々な価値説が唱えられてきた。またエネルギーと価値の関係や、エントロピーと価値の関係についても議論がなされてきた。ジョージェスク-レーゲンは、エントロピーこそ経済的希少性の根本原因であるとして、エントロピー概念を中心に据えた経済学を提唱した。ジョージェスク-レーゲンは、「すべての経済価値は、低エントロピーという共通の分母に還元できるという見解が時折あらわれた」(『エントロピー法則と経済過程』 p366)と述べている。この節では、このゲームにおける「価値」について論じておきたい。
 このゲームにおいて「価値」とは、ゲームの目的を達成するのに役立つものと定義する。つまり、拡大志向プレイヤーの価値とは、得点を得ること、飢餓終了にならないこと、戦争に負けないことに役立つものである。定常志向プレイヤーにおける価値とは、需要を満たすこと、飢餓終了にならないこと、戦争に負けないことに役立つものである。  この定義からすぐに分かることは、4人のプレイヤーが持つ得点表が同じものではないので、4人の価値は同じでないということである。
 また、飢餓終了に陥りそうなプレイヤーにとっては、その時一番欲しいものは明らかに「ブレッド」であるはずなので、そのプレイヤーにとってのその時の価値とは「ブレッド」である。このようにプレイヤーの状況によっても価値は変化する。  ゲーム序盤においては全てのプレイヤーの手持ち「ブレッド」が不足しやすい。よって、ゲーム序盤においては全てのプレイヤーにとって「ブレッド」が価値物となりやすい。このとき、「ブレッド」の相場は上がるであろう。「ブレッド」のストック数も増えていき、飢餓終了の危険も減ってくると、「ブレッド」の価値は下がり、相場も下がるであろう。いくら「ブレッド」は不可欠であるといっても、各プレイヤーの手持ち「ブレッド」があり余っていれば「ブレッド」の価値は下がるのである。この例から分かるように、価値の必要条件として、「希少」であることが挙げられる。逆に「希少」であっても、ゲームの目的達成にあまり関わらないものは、あまり価値を持たない。
 プレイヤーは1ターンにできるだけ多くの行動を取りたいと考えることもあるであろう。その時は「行動回数」がプレイヤーにとって価値となる。「行動回数」と「ブレッド」を合わせて「労働」を表現しており、先述した意味において、ゲーム序盤においては「労働」が特に価値をもつであろう。このことを「商品の価値は投下された労働量で客観的に決まる(労働価値説)」と呼んでも良いであろう。
 ゲームが進行し、ゲームにおいて笛がなった後は特に結合数の希少価値が高まりやすい。その時、各プレイヤーは結合数を確保するために奔走し、大きな結合数を持つ「オイル」や「電池」の相場は上がるであろう。 このことを「すべての経済価値は、低エントロピーという共通の分母に還元できる」と呼んでも良いであろう。
「ブレッド」、結合数、Fe牌、カード、、、その時のプレイヤーが、何を目的達成の一番の鍵と考えているのかによって価値は変化する。つまり、ゲームの目的達成に役立つものの源泉を単一の要素に還元できるものではないということである。これは、現実世界のポーカー(クローズド・ポーカーとする。トランプゲームの一種。)において、手札を交換する際にA(エース)とJ(ジャック)のどちらが価値があるのか、という問いと同じようなものである。それは交換しない手札が何なのかによって(状況によって)変わるということである。

 1-2-7 革新

 まず始めに「長期、中期、短期」という期間を定義しておく。
 プレイヤーが1ターンの中で得られる得点は確率的な変動をみせるが、ある程度の期間で平均して考えると、プレイヤーが1ターンで得られる得点はおよそ一定となる。その期間を中期と呼ぶことにする。中期よりも短く確率的な変動を受ける期間を短期と呼ぶことにする。前述した通り、ゲームが進んでいくにつれプレイヤーは物的資本やカードを手にすることで状況は基本的に有利になっていき、平均得点も大きくなることが多い。このように中期よりも長く、平均得点が変化していく期間を長期と呼ぶことにする。これらは経済学用語に存在する「長期、中期、短期」とは必ずしも意味が一致するものではない。
 ここで「革新」という出来事を定義しておきたい。
 長期的に各プレイヤーは、研究・教育行動や生産行動、交換行動によりカードや物的資本を手に入れることで、平均得点を大きくすることができる。また、カードを手に入れなくても、得点を大きくすることに成功した他プレイヤーとの交換行動を通じて自らの平均得点を大きくすることもできる。得点を大きくすることに成功した他プレイヤーがいた場合、定めた法律しだいでは、なんらかの再分配により自らの平均得点が大きくなることもある。  あるプレイヤーがカードや物的資本を手に入れた結果、4人のプレイヤーの平均得点が変化することを「テーブル上で革新が起こった」と言うことにしよう。
 ここで注意すべきは、革新が起こった結果、得点が下がるプレイヤーが発生する可能性があることである。しかも革新を起こさなかったプレイヤーだけでなく、革新を起こした本人でさえ損失を被る可能性がある。以下に例で説明しよう。  プレイヤー1が革新を起こしたとき、革新による直接の効果により、プレイヤー1の得点が下がるということはもちろんあり得ない。このとき、プレイヤー1の革新のおかげでプレイヤー2の生産物が全く売れなくなってしまい、プレイヤー2の得点が下がることがある。もしもプレイヤー2の損失を、再分配により他プレイヤーが補うように法律で定められている場合、プレイヤー1は革新による直接の利益よりも再分配による損失の方が大きくなることもある。以上のことは、革新は起こさない方が良い場合もある、ということを示している。プレイヤー1は法律の知識を持っているはずなので、間接的に損失がでることがあらかじめ予測できる。その時、プレイヤー1は自らの判断で革新を保留することができる。この戦略を「保留戦略」と呼ぶことにする。  一方で、プレイヤー1の苦労の末の革新の結果、間接的にプレイヤー1が損失を被るような法律は不条理である、という倫理目的で合意している場合もある。その場合は、プレイヤー1に損失が出ないような法律が定められるべきであり、上記のようなことは起こらない。  関係プレイヤー全員の得点が増大することをwin-winと呼ぶことにしよう。一部のプレイヤーの得点は増加し、残りのプレイヤーの得点は減少することをwin-loseと呼ぶことにしよう。「保留戦略」のようなことにならないためには、基本的にプレイヤーはwin-loseよりもwin-winとなる革新を起こす方が有利である。もっと簡単な表現をするならば、相手のお株を奪い、自分だけが利益を出すような革新ではなく、相手も喜ぶような革新を起こす方が結果的には自分のためなのである。  また、個人だけでなくテーブル全体としても①utilitarianismのような倫理目的が定められている場合、win-loseではなくwin-winとなるような革新を推奨するような法律をプレイヤーは定めるであろう。
 では、いったいどのような革新がwin-winであり、どのような革新がwin-loseなのであろうか。以下ではそれぞれの物的資本、カードがもたらす結果についてwin-winなのかwin-loseなのかを個別に示す。簡単のため、まずは2人ゲームで考察する。(革新を起こした側をプレイヤー1、革新を起こしていない側をプレイヤー2とする。)

 物的資本1-1:緑牌採掘行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒緑牌採掘行動に必要な「ブレッド」数の減少により、その分の行動を他の行動に回すことが考えられる。その分の行動を何に使うかは状況によって様々である。パターン1:例えばプレイヤー1は余った行動をプレイヤー2との交換行動に使えば、両者共に得をする。(損するなら2人とも交換しない。)この場合、プレイヤー1の革新はプレイヤー2にも利益をもたらしwin-winである。パターン2:例えばプレイヤー1は余った行動を緑牌採掘行動に使い、今までプレイヤー2との交換によって手に入れていた牌をプレイヤー1は自前で採掘できるようになり、プレイヤー2との交換量は減る。この場合プレイヤー1は得をするがプレイヤー2は損をし、win-loseである。

 物的資本1-2:ディーラーが山に補充する緑牌の量、または緑役の量を増やすことができる。つまり、外界の生産機能を大きくすることができる。
 ⇒もし、プレイヤー1がある緑牌または緑役をもっと多く採掘しようと望んでいるのであれば、この物的資本の効果でより多く手に入れることができる。パターン1:例えば多く手に入れた緑牌または緑役をプレイヤー2と交換すると、両者共に利益を出し、win-winである。パターン2:例えば多く手に入るようになった緑牌または緑役がこれまでプレイヤー2との交換によって手に入れていたものであった場合、プレイヤー1は自前で採掘できるようになり、プレイヤー2との交換量が減る。この場合win-loseである。

 物的資本1-3:外界の分解機能を大きくすることができる。これは例えば、ごみ処理施設などを表現している。
 ⇒より多くの緑役もしくは混色役を消費することが可能となる。パターン1:例えばある役をより多く消費することが可能となり、その役をプレイヤー2から買っていた場合、win-winである。パターン2:例えば、ある役をより多く消費することが可能となり、プレイヤー2から買っていた他の役を消費する必要がなくなる場合、プレイヤー2は損をする。この場合win-loseである。

 物的資本2:黒牌採掘行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 物的資本3-1:前述の通り、交換行動の際に場に捨てる「ブレッド」の数は何を交換するのかに依って決まっているが、その「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 物的資本3-2:他プレイヤーとの「交渉時間」を延長することができる。
 ⇒2人ゲームにおいては「交渉時間」が長くなれば長くなるほどお互いにとって有利な交換の条件が模索できると考えるのが適当だろう。よって物的資本3-2については通常win-winである。ただし、3人ゲームになってくると話は変わってくる。

 物的資本4:生産行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 物的資本5:消費行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 物的資本6:分解行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 物的資本7:研究・教育行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らす、またはディーラーからカードをたくさんもらえる確率を上げる効果を発揮する。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード1-1:物的資本1-1と同様に、緑牌採掘行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らせる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード1-2:物的資本1-2と同様にディーラーが山に緑牌を補充する量を増やすことができる。つまり、外界の生産機能を大きくすることができる。
 ⇒物的資本1-2と同様にwin-winとなるパターンもあり、win-loseとなるパターンもある。

 カード1-3:外界の分解機能を大きくすることができる。
 ⇒物的資本1-3と同様にwin-winとなるパターンもあり、win-loseとなるパターンもある。

 カード2:黒牌採掘行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らせる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード3-1:前述の通り、交換行動の際に場に捨てる「ブレッド」の数は何を交換するのかに依って決まるが、その「ブレッド」の数を減らすことができる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード3-2:他プレイヤーとの「交渉時間」を延長することができる。
 ⇒物的資本3-2と同様に2人ゲームにおいては通常win-winとなる。

 カード4-1:生産行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らせる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード4-2:これまでに生産可能だった役の材料(「ブレッド」は除く)を減らせる。
 ⇒より多くの役を生産することが可能となる。パターン1:例えばある役をより多く生産することでプレイヤー2に売ることが可能となる場合、プレイヤー2との交換量が多くなり、共に得をし、win-winとなる。パターン2:例えばある役をより多く生産することが可能となり、今まではその役をプレイヤー2から買っていた場合、プレイヤー1は自前で生産することが可能となるのでプレイヤー2は損をしwin-loseとなる。

 カード4-3:新しい役が生産可能となる。
 ⇒パターン1:例えば新しい役をプレイヤー2に売ることでwin-winとなる。パターン2:例えば新しい役をプレイヤー1が手に入れることで、今までプレイヤー2から買っていたものが不要となり、プレイヤー2との交換量が減り、プレイヤー2は損をする。この場合、win-loseとなる。

 カード5:消費行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らせる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード6:分解行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らせる。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 カード7:研究・教育行動をとる際に必要な「ブレッド」の数を減らす、もしくはディーラーからもらえるカードの枚数を多くする効果を発揮する。
 ⇒行動に必要な「ブレッド」量減少のもたらす結果については物的資本1-1と同様である。

 以上からすぐに分かるように、1対1の関係においては、物的資本3-2とカード3-2のみ常にwin-winにあり、その他の革新は全て、状況次第でwin-winにもなるしwin-loseにもなる。3人もしくは4人ゲームになると、物的資本3-2とカード3-2についても状況次第でwin-winにもなるしwin-loseにもなる。  上記で物的資本とカードのもたらす革新の結果について見てきたが、これらの効果は大きく分類すると

 A 行動に必要な「ブレッド」量の減少
 B 外界の生産分解機能の増大
 C 役生産時の材料(「ブレッド」は除く)の減少
 D 「交渉時間」の延長
 E 新しい役の創造

 この5つである。
 再分配が求められる法律が定められている場合、基本的にプレイヤーはwin-loseよりもwin-winとなる革新を起こそうとするであろう。どの種の革新がwin-winとなり、どの種の革新がwin-loseとなるのかはテーブルの状況による。上記A~Eの革新についてどういった状況において革新を起こせばwin-winとなるのかを以下に示す。以下では再び4人ゲームについて考察する。

Aの革新が必ずwin-winとなる状況は、
全プレイヤーが、「もっとたくさん行動がとれれば、得点を増大させることができるのに」と考えている状況である。

Bの革新が必ずwin-winとなる状況は、
例えばプレイヤー全員の「ブレッド」が足りなくて飢餓終了となりそうな状況である。 「utilitarianism」のような倫理目的が定められている場合、その時プレイヤーは法律にて、「ブレッド」の生産機能を高めることを推奨するであろう。一方で、一部のプレイヤーの「ブレッド」が足りない場合は、革新により損失を出すプレイヤーが発生することもあり得るので、win-winとは限らない。 他にも、プレイヤー全員が何らかの牌、役に対する生産機能や分解機能の増大を求めている状況においては、Bの革新にてその機能を高めるとwin-winとなる。

Cの革新が必ずwin-winとなる状況は、
プレイヤー全員がある材料(「ブレッド」は除く)の不足に悩んでいる状況である。①utilitarianismのような倫理目的が定められている場合、その時プレイヤーは、法律にてその材料不足の解消を推奨するであろう。

Dの革新が必ずwin-winとなる状況は、
情報の少なさや不確かさを良いことにして利益を出しているプレイヤーが一人もいない状況である。プレイヤーは「情報の少なさや不確かさを利用して上げた利益は不当である」、と倫理目的で定める場合は、いつでもDの革新が推奨されるであろう。(もちろん現実世界ではプライバシーなど守らなくてはならない情報も存在している。)

Eの革新が必ずwin-winとなる状況は、
全員が拡大志向プレイヤーであり、なおかつプレイヤー全員の需要が満たされている状況である。この状況においてはA~Dの革新では打開できないので、プレイヤーは法律にてEの革新で新たな需要を生み出すことを推奨するであろう。定常志向プレイヤーについては、せっかく需要が満たされているのにEの革新が起こると、ゲームの目的から外れてしまうのでEの革新が起こらないことをを望むであろう。

 この節の最後に、革新の限界について触れておくことにしよう。
1-1-5で前述した「(生産するために使った役の結合数)>(生産された役の結合数)」のルールは絶対であり、どんな革新が起ころうとも変化しない。つまりある役を生産する際に必要な材料(ブレッドも含む)は革新A, Cで減らせるが、下限が存在する。
また、Bの革新による「外界の生産分解機能の増大」の効果には上限がある。これは、自然界の生産機能、分解機能には生態系の大きさなどに起因する限界が存在していることを表現している。
また、Dの革新による「交渉時間の延長」の効果には限界がない。確かに4人のゲーム程度では情報はたかだか有限であり、いくら交渉時間を延長しても有意でない状況もあるであろう。しかし、このゲームは本来、ほとんど無限に情報があふれた現実世界の表現であるので、Dの革新の効果に限界はないと言っておくことにする。
また、Eの革新による「新しい役の創造」の効果には限界がない。つまり、牌の組み合わせ方はほとんど無限に近い。

 1-2-8 失業

 ゲームの中で、行動するのに十分な「ブレッド」を持っているにも係わらず、うまく得点につながらない状態に陥ることがある。これを「行動が余っている」状態と呼び、これがさらにひどくなり、行動が取れるのにまったく得点できなくなってしまった状態を「失業」と呼ぶことにしよう。この節では失業に関する一般的なことを考察する。  拡大志向プレイヤーについては言うまでもなく、行動が余っている状態は望ましくない状態である。定常志向プレイヤーについては需要が既に満たされている場合、それ以上の得点を上げる動機は無いので、必ずしも行動が余っている状態が悪い状態であるということはない。もちろんここでの需要とは前述した「短期的需要」のことを指す。  「ブレッド」を必要数持っていれば、研究・教育行動はいつでも取ることはできるので、基本的に、失業してしまったプレイヤーは余った行動を全て、研究・教育行動に割いて状況の改善を図るであろう。研究・教育行動も長期的には得点の増大につながるはずのものであるが、プレイヤーが積極的に取った研究・教育行動ではなく、他に取れる行動がなく仕方なく取った研究・教育行動は「余った行動」と呼ぶことにしている。
 失業原因は3種類に大別されるので、以下に示す。


 失業原因1:材料(「ブレッド」は除く)がない、もしくは循環不良が怖くてこれ以上役を消費できない。つまり、外界の生産機能や分解機能の低さを原因とする失業。B、Cの革新にて解決可能。これは、土地や生産設備や道具などの不足による失業を表現している。

 失業原因2:うまく交換行動をとれば回避できる失業。つまり情報がない、もしくは交換行動において交渉が決裂してしまうことを原因とする失業。Dの革新にて解決可能。

 失業原因3:需要がないことを原因とする失業。つまり、需要が満たされたている状態では得点表に記載されている全ての役の得点が0であるから、これ以上得点を増大することができない。Eの革新にて解決可能。

 3種の失業は全て、定常的な失業原因と確率的な影響による一時的な失業原因とに更に分けることができる。ゲームの状況は確率的な諸要素の変動によって、ターン毎に変化するので、時には予想もつかないようなことが起こる。研究・教育行動の結果プレイヤーの知識が増えれば、予測可能な現象も増えていくが、それでも確率的な要素は必ず残る。したがって、定常的な失業をなくすことはできるが、一時的な失業を完全になくすことはできない。
 確率的に変動するものを以下に列挙する。
 ・外界の生産機能、外界の分解機能(ディーラーが山牌に補充してくれる「牌」や「役」は、ある程度確率的なものである。)
 ・外界の充電機能(たとえば「電池」を「自然エネルギー発電所」で充電するときの充電スピード。)
 ・研究・教育行動(この行動の結果は確率まかせである。)
 ・他プレイヤーの行動(これはなかなか読めない。しかし、契約を結べば契約破棄のリスクを除いて他プレイヤーの行動は予測可能なものとなる。)
 ・自プレイヤー、他プレイヤーの得点表の値(流行が変わるので、同じ役に対しても時と共に得点表の値は変動する。)
 基本的にこれらのものに頼ってプレーすると、確率的な変動を受けてしまい、一時的な失業の可能性も高くなる。

 定常的な失業を減らすためには、まず行動が全体的に余っていない状況をつくることが重要である。そのためにAの革新をみだりに起こさせないように法律を定めることが重要となる。その上でB~Eの革新によって失業原因1 ~3を取り除いておき、その上で全体的に行動が少し足りない状況が保たれるような法律を定めるのがよいだろう。どの程度まで「失業率」を許容するかは、「倫理目的」で定めることになる。
 前述の通り、このゲームは法律を定めておかないと基本的に勝ち組と負け組の格差はどんどん拡大する。多くのプレイヤーの行動が余りだした場合、基本的に勝ち組の行動は余らず負け組の行動が余りだす。つまり、行動についても余るプレイヤーと余らないプレイヤーとで二極化する傾向がある。以下にその状況を簡単な例で示しておくことにする。
ゲームを簡略化するため、ゲーム人数、役の数、チップの有無に制限を設ける。また、失業原因の1~3のいずれがおこりそうなのかについても明らかにしておくことにし、①②の2つの例を考える。

①2人の拡大プレイヤー、2役(「リンゴ」、「ミカン」の役を採掘して入手する)、チップ無しとする。また、失業原因2の心配は無いとしよう(情報は完全に公開されており、交渉時間は無限に与えらていて納得のいく交換条件をいくらでも見つけることができる状態)。この時どのような交換がおこるであろうか。 まずプレイヤーは「リンゴ」1個の得点に対する「ミカン」1個の得点の比(限界代替率MRS marginal rate of substitution)を考えながらプレーするであろう。 また、プレイヤーは「ブレッド」を材料として「リンゴ」、「ミカン」を採掘し、交換によってそれらの数量を変換する。その時、プレイヤーは「リンゴ」1個分の採掘を、「ミカン」の採掘にあてた時に、手に入る「ミカン」の数(限界変形率MRT marginal rate of transformation)を考えながらプレーするであろう。 もしも交換を許さない場合、プレイヤーは限界代替率=限界変形率となるようにプレーするであろう。
しかし、通常であれば2人の間に交換は発生する。プレイヤーは「ブレッド」を材料として「リンゴ」「ミカン」に変換するのだが、その変換の手段として採掘行動と交換行動の2つがあると考えることができる。つまり、プレイヤーにとっては山牌からとってきた「リンゴ」も、交換して手に入れた「リンゴ」も変わりないということである。そこで、「リンゴ」1個と交換することができる「ミカン」の数についても、限界変形率と同様の概念であると考えることができる。よって交換が発生する場合も、プレイヤーは限界代替率=限界変形率となるように採掘、交換を行うであろう。
基本的には比較優位がある役により特化して採掘し、それを交換する(比較優位については『ミクロ経済学』p332参照)。
 外界の生産機能の上限により「リンゴ」が採掘できなくなることは(失業原因1)、「リンゴ」の生産コストが無限大となることに等しい。よってそのプレイヤーは「ミカン」の採掘においてに比較優位にあるので「ミカン」に特化するであろう。  「ミカン」の需要が満たされた状態(失業原因3)になったプレイヤーはこれ以上「ミカン」を手に入れても仕方ないから、「リンゴ」の獲得を目指すであろう。相手プレイヤーとの交換により「リンゴ」を得るとき、「リンゴ」1個に対していくらでも「ミカン」を払うことを厭わない。その場合、相手プレイヤーは「ミカン」を格安で手に入れることができるから、「リンゴ」に特化するであろう。

②3人拡大プレイヤー、2役(「リンゴ」「ミカン」)、チップ無し、失業原因2の心配は無いとしよう。また、プレイヤー1は「リンゴ」「ミカン」両方の採掘が可能、プレイヤー2,3は「ミカン」のみ採掘可能であるとする。ただし、プレイヤー2は「ミカン」を大量に採掘でき、「ミカン」に対する需要はほぼ満たされてた状態であり、失業原因3により行動が余りそうな状態である。プレイヤー3は「ミカン」を少ししか採掘できず、失業原因1により行動が余りそうな状態であるとしよう。 このとき、プレイヤー2,3は共にプレイヤー1との交換にて「リンゴ」を得ようとするのだが、プレイヤー1はもちろん、割安で売ってくれる方との交換に応じるであろう。プレイヤー2,3の得点表はほぼ同じような関数で表されるとすると、プレイヤー2は3に比べてたくさんの「ミカン」を持っているので、「リンゴ」1個の得点に対する「ミカン」1個の得点の比は比較的小さくなっており、プレイヤー1に比較的安く売ることができる。プレイヤー2は腐るほど「ミカン」を持っているのでどんどん交換し、プレイヤー3が交換に入る隙を与えない。その結果、プレイヤー2の余りそうだった行動は、交換行動により「リンゴ」の入手に使うことができ、得点につなげることができる。それに対し、プレイヤー3の余りそうな行動は、交換行動につながらず余る結果となる。

この例からも、行動が余るプレイヤーと余らないプレイヤーで二極化する傾向があることが分かる。 またその結果、失業を回避したいと望むプレイヤーがいる場合は、革新Aを抑制する法律が必要となる。なぜならば、行動が余っている状況において更に革新Aを起こしてしまうと、余計に行動が余ることになり、その余った行動は失業者に偏り、失業を悪化させる傾向があるからである。

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